HPVワクチンについて
子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために
子宮けいがんは年間約1.1万人が罹患し、約2,900人が死亡しており、患者数・死亡者数とも近年増加傾向にあります。特に、50歳未満の若い世代での増加が著しいものとなっています。
子宮けいがんの多くはヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスの感染が原因で発症します。HPVの主な感染経路は性的接触です。HPVはごくありふれたウイルスで、性交渉の経験がある女性のうち80%近くが、HPVに感染すると言われています。HPVが長期間感染し続けると、一部の方は前がん病変を経て子宮けいがんが発生します。性交渉の経験のある女性は誰でも子宮けいがんを発症する危険性があります。
がんを未然に防ぐため、前がん病変を発見する検査が子宮けいがん検診(細胞診)です。残念ながら前がん病変があっても、一定の割合で検診では異常なし(偽陰性)と判定されることもあります。これに対しHPVの感染自体を予防して、前がん病変や子宮けいがんを発病させない方法がHPVワクチンです。日本で現在使用可能なHPVワクチンは、2価、4価そして9価の3種類があります。令和5年4月から定期接種のワクチンは9価を含めすべてのワクチンが使用できるようになりました。1次予防のHPVワクチンと2次予防の子宮けいがん検診の両方による予防が最も効果的です。すでにHPVに感染している細胞からHPVを排除する効果は認められず、初めて性交渉を経験する前に接種することが最も有効です。新しい9価ワクチンは9種類の型に対応し、子宮頸がんのみならず、女性の腟がんや外陰がん、男女ともに肛門がん、中咽頭がんなどの予防効果が期待されます。また、4価ワクチンと同じく男女の生殖器粘膜にできる良性のイボである尖圭コンジローマの予防も期待できます。9 価 ワクチンは2014年12月に米国で承認されて以降、現在では世界で 80以上の国と地域で承認されています。日本では、対象は 9 歳以上の女性のみとなっております。
HPVワクチン接種を早期に取り入れた国々では、HPV感染や前がん病変の発生が有意に低下していることが報告されています。またワクチン接種世代と同じ世代のワクチンを接種していない人のHPV感染も減少しています(集団免疫効果)。また、オーストラリアでは2028年に世界に先駆けて新規の子宮頸がん患者はほぼいなくなるとのシミュレーションがなされました。世界全体でもHPVワクチンと検診を適切に組み合わせることで今世紀中の排除(症例数が人口10万あたり4人以下になることを言う)が可能であるとのシミュレーションがなされました。
これまでに行われたHPVワクチンに関する多くの臨床研究を統合解析したコクランレビューでは、HPVワクチン接種によって短期的な局所反応(接種部位の反応)は増加するものの、全身的な事象や重篤な副反応は増加しないと報告されています。世界保健機関(WHO)もHPVワクチンの推奨を変更しなければならないような安全性の問題は見つかっていないと発表しています。(コクランについてはこちらを参照してください)
一方、HPVワクチンは筋肉注射であるため、注射部位の一時的な痛み・腫れなどの局所症状は約8割の方に生じます。また、若年女性で注射時の痛みや不安のために失神(迷走神経反射)を起こした事例が頻度は少ないですが報告されているため、接種直後は30分程度安静にすることも重要です。
平成29年11月の厚生労働省専門部会では、慢性疼痛や運動障害などHPVワクチン接種後に報告された「多様な症状」とHPVワクチンとの因果関係を示す根拠は認められず、これらは機能性身体症状と考えられるとの見解が発表されています。また、平成28年12月に厚生労働省研究班(祖父江班)の全国疫学調査の結果が報告され、HPVワクチン接種歴のない女子でも、HPVワクチン接種歴のある女子に報告されている症状と同様の「多様な症状」を呈する人が、一定数(12~18歳女子では10万人あたり20.4人)存在しました。副反応報告の検証結果では、メディアで報道されたような重い副反応はわずか0.008%(338万人の接種者のうち276名)で、ワクチンを打たずに子宮頸がんに罹患する確率の100分の1以下と試算されています。
【表:全国疫学調査結果】
HPVワクチンは平成25年4月より定期接種化され、自治体から接種の積極的勧奨は一時中断されていましたが、令和4年4月から接種勧奨が再開し、さらに接種の機会を逃した旧対象者についても3年間の救済措置(キャッチアップ接種)が開始しました。詳細は厚生労働省のホームページ(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html)に公開したリーフレットを参考にして下さい。
HPVワクチン接種後に何らかの症状が現れた方のための診療相談窓口が、全ての都道府県に設置されています。万一接種後に重篤な有害事象が発生した場合は、予防接種法に基づく救済制度の申請が可能で、因果関係などの審査の後、必要な補償が受けられる場合もあります。
積極的接種勧奨中止により、1996~99年生まれの女子は70%以上の接種率であったのが、2000年生まれは42%、2001年生まれ以降は10%以下に低下しております。その結果、子宮頸がんによる死亡が約 5500 人増え、罹患者は約 25000 人増加すると試算されました。接種の機会を逃した女性へのワクチン接種を含め接種率が早急に回復すれば、まだ予防できるとされています。先進国の中で我が国においてのみ将来多くの女性が、子宮けいがんで子宮を失ったり命を落としたりするという不利益を生じさせないよう、科学的見地に立ちHPVワクチン接種の積極的勧奨を再開し、子宮けいがんの排除を目指していくべきと我々は考えています。HPVワクチンに関する情報サイトもございますので是非みなさんでご覧いただきますようお願いします。
京都産婦人科医会理事、京都府医師会子宮がん検診員会委員長 藤田宏行
京都産婦人科医会理事 広報担当 小島秀規